クラチャイダムの歴史

みなさんこんにちは、または初めまして。

このページではクラチャイダムの歴史についてご紹介させていただきます。

クラチャイダムがいつ頃からタイや日本で栽培され始めたのか、そしてなぜ世界中で使われるようになったをまとめてみました。

クラチャイダムとタイ王国は切っても切れない関係

クラチャイダムの歴史は古く、1000年ほど前からタイで栽培されています。

これはタイの現王朝(チャクリー王朝)よりも古いです。日本で言えばちょうど平安時代頃、紫式部が「源氏物語」を書いている頃です。

タイの全盛期を築いた3人の王。きっと彼らもクラチャイダムで活力を得てたのでしょう

クラチャイダムがタイで食べられるようになってから、タイの人々は非常に精力的になり東南アジアにおいて最も強大な文明を築き上げてきました。

クラチャイダムが栽培される前のタイはクメールと呼ばれる国の一部だったのですが、栽培され始めて少し経つころ、後の初代タイ国王であるシーインタラーティットがタイを独立することに成功しています。

彼の三男ラームカムヘーン大王の代になるとタイ文明最大の全盛期を迎えています。

その後、ヨーロッパの大航海時代、そして欧州ヨーロッパによる世界中の植民地化時代へと突入していきます。

そんな中、アジアで唯一日本とともにずっと独立を保っていきました。これは当時のタイ政府の手腕だけでなく、タイ人の精力的な力と、その源であるクラチャイダムの存在があります。

そんなクラチャイダムですが、現在でもタイの至る所で購入できます。

タイの首都バンコク。その郊外を少し歩いていけば様々な露店が並んでいるのが目に入ります。その露店では様々なものが販売されていますが、その商品の中にはほぼ必ずと言っていいほど、クラチャイダムがあります。

 

クラチャイダムをビンに詰めたお酒や、自家用酒を作る為の乾燥させたクラチャイダム。ちょっとした漢方や粉末にしたお茶の原料等々、色々な種類のクラチャイダムが手に入るでしょう。タイ人にとってクラチャイダムはもはや生活必需品であり、タイの歴史の一つでもあるのです。

クラチャイダムと日本の歴史

クラチャイダムが日本にやってきたのは意外に古く、江戸時代には沖縄(当時は琉球)で少数ですが栽培されていたという記録があります。

クラチャイダムは寒さに非常に弱く、沖縄より上、つまり本土では決して育たないので一般の人は口にすることはなかったです。

そんな希少価値の高いクラチャイダムが、近年では歴史上最も大ブームを起こしています。

なぜこんなに日本でブームになったでしょうか?それは大きく2つのきっかけがあります。

クラチャイダムの安定供給

クラチャイダムブームの理由の1つは「沖縄での安定供給のめどが立った」ことです。

先ほど、江戸時代から沖縄で小規模でのみ栽培されていると書きました。これは環境による栽培の難しさだけでなく、クラチャイダムの繁殖力が弱いからです。

この問題に対し、小林氏(後の黒ウコンジャパン(株)取締役)と岐阜大学の田中教授などが連携し、工場形式による栽培によって栽培期間短縮&増殖率を改善して大量生産が可能となりました。

これによって、数多くのダイエットサプリにクラチャイダムが使われるようになりました。

タイの国家施策

タイは東南アジアでは大国ですが、世界レベルで見るとまだまだ新興国です。

そこで、タイ政府は1960年に「一村一品運動」を始め、自国の特産や文化を外国へアピールしていきました。これがクラチャイダムブームの第2の理由です。

当然ですが最初の数年はなかなかうまくいかず、地産地消レベルの経済効果でした。ですが、2010年頃になるとタイ市場の魅力に気づいた企業たちがタイを訪れるようになり、様々なビジネスが開始され始めました。

そのうち、現地に訪れる日本人の間で「タイには元気になれるお茶がある」という噂が広がりました。余談ですが、先ほどの小林氏もタイを訪れたときにクラチャイダムを知り、魅了されたという記録があります。

そして2012年、日本サプリメントフーズが、日本で初めて最高級クラチャイダムのみを使った精力サプリメント、クラチャイダムゴールドを販売開始。その精力効果により口コミなどで瞬く間に日本中に広がり、現在では「豊選クラチャイダム」「マカ&クラチャラダム12000」を始めとした多数のクラチャイダムを使った精力サプリが発売され始めました。

2015年現在、タイは政治的混乱により軍事政権が続いていますが、この一村一品運動は名称こそ変わっていますが今も続いています。それはタイという国の立て直しと国民の自立を促すきっかけになっているからです。

今や、クラチャイダムは私たちの元気だけでなく、タイという国家そのものの元気の源なのです。